お知らせ

2023年12月18日

海外旅行に伴う腸内細菌叢と薬剤耐性菌と大腸菌の変化

 

 

Gut microbiome perturbation, antibiotic resistance, and Escherichia coli strain dynamics associated with international travel: a metagenomic analysis

 

Worby C J, Sridhar S, Turbett S E, Becker M V, Kogut L, Sanchez V, Bronson R A, Rao S R, Oliver E, Walker A T, Walters M S, Kelly P, Leung D T, Knouse M C Hagmann S H F, Harris J B, Ryan E T, Earl A M, LaRocque R C.

Lancet Microbe. 4. e790-e799. 2023.
Doi: 10.1016/S2666-5247(23)00147-7.

 

基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生腸内細菌科細菌は、ペニシリンなどのβラクタム環を持つ抗生物質を分解する酵素を産生する腸内細菌科細菌であり、βラクタマーゼの突然変異により分解可能な薬剤の種類を広げ、医療上重要な第三世代セフェム系をも分解するようになりました。したがって、ESBL産生腸内細菌科細菌が原因の感染症に罹患した場合、治療薬が限定される可能性があります。海外旅行をすることで、ESBL産生腸内細菌科細菌に感染することが多いことが、これまでに報告されています。しかし、旅行前および旅行中の腸内細菌叢の変化や、他の種類の薬剤耐性菌に関する知見はほとんどありません。そこで、腸内細菌叢が薬剤耐性菌の獲得に影響するかどうか、腸内細菌叢や薬剤耐性菌への旅行および旅行中の行動の影響を明らかにするための試験が実施されました。

海外旅行前にアメリカの3つのトラベルクリニック(マサチューセッツ州ボストン、ニューヨーク州ニューヨーク、ユタ州ソルトレイクシティ)で、参加者の募集が行われました。参加者は、2017年12月8日から2019年4月30日までの間に、旅行の前後に糞便サンプルや旅行に関する情報を提供されました。糞便から、3種類の薬剤耐性菌(ESBL産生腸内細菌科細菌、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌、およびmcr陽性コリスチン耐性腸内細菌科細菌)の分離が行われました。また、糞便からDNA抽出が行われ、ショットガンメタゲノムシーケンス*が行われました。旅行前と旅行後のサンプルを比較して、旅行に関連した腸内細菌叢とレジストーム**の変動、および薬剤耐性大腸菌の獲得について解析が実施されました。

合計368人が調査に参加し、そのうち267人のサンプルが解析可能でした。解析の結果、旅行後には、腸内細菌科細菌が増加する一方で、細菌の多様性については大幅に減少するといった腸内細菌叢の撹乱が認められました(図1)。そして、メタゲノム解析より、旅行者の67%で旅行中に旅行前の株とは系統発生的に異なる大腸菌の新しい株を取得したことが確認されました(図2A)。また、海外旅行により、薬剤耐性菌や大腸菌を高い頻度で獲得すること、特にアジアへの旅行での獲得割合が高いことが明らかになりました(図2B)。旅行中の行動について、友人や親戚への訪問、南アジアへの旅行、生野菜の摂取が、特に対象とした3つの薬剤耐性菌獲得のリスク因子であることが判明しました。しかし、旅行前の細菌叢と旅行に関連する薬剤耐性菌獲得との関連性は観察されませんでした。

この研究は、海外旅行が大腸菌を含む薬剤耐性菌の獲得に大きく影響していることを明らかにしています。薬剤耐性菌制御のためには、腸内細菌叢を調節するだけではなく、海外旅行者の行動に対応する制御戦略が重要であることを示唆しています。先進国から途上国への旅行は、特に食品を介した食中毒菌や薬剤耐性菌への暴露の機会が増えることが予想され、今回の論文はその予想について科学的なデータで証明したものと思います。旅行中の行動でも、耐性菌獲得の頻度は影響することから、海外旅行の旅行先では、薬剤耐性菌を含む食中毒菌の獲得を起こさないよう、加熱した食品を食べるような注意が必要であることを示唆しています。

 

*ショットガンメタゲノムシーケンス:環境中の微生物のDNAを断片化しシークエンスをすることで、微生物の多様性と機能を解析する手法。

**レジストーム:微生物が持つ薬剤耐性遺伝子の総称。

 

臼井 優(酪農学園大学)