お知らせ

2023年10月30日

ウクライナの戦争負傷者における高度多剤耐性グラム陰性菌感染症(2022年)

 

 

Highly multidrug-resistant Gram-negative bacterial infections in war victims in Ukraine, 2022

 

Ljungquist O, Nazarchuk O, Kahlmeter G, Andrews V, Koithan T, Wasserstorm L, Dmytriiev D, Fomina N, Bebyk V, Matuschek E, Riebeck K.
Lancet Infect Dis. 23. 784-786. 2023.
Doi: 10.1016/S1473-3099(23)00291-8.

 

ウクライナではロシアによる無差別なミサイル攻撃が行われ、医療施設も標的にされ多くの犠牲者が発生しています。戦時下の緊急事態では、救命が医療における最大の目的になっており、医師も抗菌薬を適正使用する余裕もない状態であることが容易に想像されます。事実、2014年から2020年までの間に、ウクライナの軍関連病院で分離された細菌が民間の病院で分離された細菌よりも高い薬剤耐性率であることが報告され、戦時中においては薬剤耐性菌が増加・拡散する可能性が示されました。2016年の研究では、ウクライナでの戦争負傷者が、ドイツで治療を受けた際、世界的に注目されているカルバペネム耐性Acinetobacter baumanniiのクローンの拡散が見つかり、ウクライナにおいて医療上重要な薬剤耐性菌が拡散している可能性が示されました。そこで今回、戦時中であるウクライナの病院で、薬剤耐性菌の拡散状況を明らかにするため、2022年2月から9月まで、入院中の戦争負傷者由来細菌の調査を行いました。


調査対象は、重度の熱傷、散弾傷、骨折により緊急手術と集中治療を必要とした患者で、感染の兆候が見られる場合に、患者からサンプルを採取しました。研究の対象となったのは141人の患者で、156株の菌株が分離されました(表1)。多くの抗菌薬に対して自然耐性を示すStenotrophomonas maltophilia 2株を除いた154株のうち89株(58%)が医療上最も重要なカルバペネム系抗菌薬であるメロペネムに耐性を示しました。これらメロペネム耐性株は、Klebsiella pneumoniae (34/45株; 76%)、A. baumannii (38/52株; 73%)、緑膿菌(13/23株; 57%)、Enterobacter spp. (4/22株; 18%)でした。さらに、107株がさらなる解析の対象として選択され、広域の抗菌薬に対する感受性が調べられました(表2)。その結果、107株中52株(49%)がセフィデロコール*耐性であり、これはEnterobacterales (35/45株; 78%)、緑膿菌(6/16株; 38%)、A. baumannii (11/46株; 76%)で確認されました。注目すべきことに、107株中10株(9%)がコリスチン**に対しても耐性を示し、これらはK. pneumoniae(n=9)とProvidencia stuartii(n=1)で認められました。また、156株中9株(6%)のK. pneumoniaeは、試験を実施したすべての抗菌薬に対して耐性を示し、カルバペネマーゼ産生遺伝子のスクリーニングではblaNDM-groupとblaOXA-48遺伝子が検出されました。


今回の結果は、戦時中のウクライナにおいて医療上重要な薬剤耐性菌が広範に拡散していることを示します。高率に多剤耐性を示すグラム陰性菌が分離された上に、いくつかの株は、多剤耐性グラム陰性菌の治療に用いられるカルバペネム系抗菌薬やコリスチンに対しても耐性を示しました。戦時中のウクライナの医療は、資源に制約があり、感染予防や管理が難しく、薬剤耐性菌の拡散のリスクが高まっています。抗菌薬へのアクセスや戦争負傷者への医療的ケアの提供など、近隣の欧州諸国からの医療資源を含む支援は、この課題に対処するのに役立つと思われます。


この論文では、戦時中という特殊な条件における医療資源の枯渇が薬剤耐性菌の拡散に関連していることが示されています。動物薬の分野では、使用できる抗菌薬が限られていること、動物薬メーカーの撤退などから、今後、獣医療資源が枯渇してしまうことが懸念されます。獣医療資源を充実させていくことが、薬剤耐性菌対策にもつながると考えられますし、資源が枯渇しないように業界をあげて取り組んでいくことが必要だと考えられます。

*セフィデロコール:多剤耐性菌を含むグラム陰性菌感染症に有効な新規のシデロフォアセファロスポリン系抗生物質。現在最も注目されているカルバペネム耐性菌にも有効でWHOの必須医薬品リストにも収載。現在、日本でも製造承認申請中。
**コリスチン:ポリペプチド系抗生物質で多剤耐性グラム陰性感染症に有効に作用し、最終救済薬とも言われている。古くから家畜用抗菌薬や飼料添加物として使用されてきたが、食品安全委員会による食品媒介性リスク評価の結果を受けて、2018年に飼料添加物としてのコリスチンは禁止された。

臼井 優(酪農学園大学)