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2023年08月21日

SARS-CoV-2またはmRNAワクチン由来スパイクタンパク質の毒性

 

 

Toxicity of SARS-CoV-2 spike protein from the virus and produced from COVID-19 mRNA or Adenoviral DNA vaccines

Lesgards J. F, Cerdan G, Perronne C, et al.
Archives of Microbiology and Immunology. 7. 121-138. 2023.
Doi: 10.26502/ami.936500110

 

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の原因となるウイルス(SARS-CoV-2)は病原性が強く、人類に対する脅威となっています。また、それを予防するために使用されているmRNAワクチンの副反応も明らかにされています。COVID-19の病原性や、mRNAワクチンの副反応の主な原因はSARS-CoV-2のスパイクタンパク質による炎症作用にあるとされています。本論文はこのスパイクタンパク質の毒性に注目した総説になります。

SARS-CoV-2は感染後、ウイルスのタンパク質、特にスパイクタンパク質によって誘導される免疫炎症プロセスによって、特に強い病原性を示します。スパイクタンパク質は、膜結合型ペプチダーゼである受容体Angiotensin-converting enzyme 2(ACE2)を介して、SARS-CoV-2がヒトの細胞に定着することを可能にします。その後、スパイクタンパク質は、Transmembrane protease serine2によって切断されることで、ウイルスと細胞膜の融合体を作り、ヒトの体内に取り込まれます。ACE2は、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)を介して、血圧の調節を行い、体内での抗炎症作用のために必須の酵素です。ACE2が、ウイルスとの結合によって占拠されてしまうと、本来の抗炎症作用が果たせなくなり、強い炎症反応が起こります。SARS-CoV-2ウイルスのスパイクタンパク質が、ACE2に結合することで、炎症を引き起こし、いわゆる「サイトカインストーム*」、肺炎、凝固を伴う急性呼吸窮迫症候群(ARDS)**を起こし、最終的には死に至ることもあります。スパイクタンパク質とACE2の相互作用により強い毒性が起こる要因は、ACE2レセプターが体内のあらゆる場所に存在するためであり(図1)、多くの臓器で炎症を引き起こすことが知られています。実際、COVID-19患者の大半は、呼吸器障害に加えて、神経、心臓血管、腸、腎臓の機能障害など、全身にさまざまな症状を示します。一方、SARS-CoV-2に対抗するためのmRNAワクチンが応用されています。mRNAワクチンは、体内においてスパイクタンパク質類似体を産生します。mRNAワクチンが、体内で大量かつ無制御にACE2レセプターに親和性を持つスパイクタンパク質を産生すると、SARS-CoV-2に感染した場合と同じ経路で炎症反応が起こるため副反応が起こります。以下に、スパイクタンパク質が引き起こす炎症過程について、そのメカニズムを解説します。

COVID-19の重症例の主な特徴は肺炎で、重症となる場合、集中治療室での治療が必要となります。スパイクタンパク質によって、SARS-CoV-2は上皮を通過し体内に侵入し、血流にのって様々な臓器に移動します(図1)。これは、mRNAワクチンに生産されたスパイクタンパク質の場合も同じです。

全身の臓器や血管において、スパイクタンパク質は以下の4つの経路によって炎症を広げます(図2; 対応する経路に本文中の番号がふってあります)。

  1. レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)の調節異常

RAASは、自律神経、心臓血管、肺機能の最も重要な調節系のひとつです。RAASは血圧を調節し、炎症にも重要な役割を果たしています 。ACE2タンパク質は、血管拡張、抗酸化、抗炎症作用を示す一方、逆の作用を示すAngiotensin-converting enzyme (ACE)タンパク質は、血管収縮、酸化、炎症促進作用を持ちます。アンジオテンシンIは、肝臓で生成され血漿中に放出されるアンジオテンシン生成ペプチドからレニンという酵素によって腎臓で生成されます。スパイクタンパク質によりACE2が枯渇すると、アンジオテンシンIIが増加し炎症に傾きます。この炎症は、アンジオテンシンIIと腎臓のAT1受容体(アンジオテンシンIIタイプ1受容体、AT1R)との相互作用によって起こります。アンジオテンシンIIは、炎症反応の構成要素であるNF-κBの極めて重要な経路を活性化し、他の重要なサイトカインも誘導します(IL-1B、IL-6、TNFα、IL-10、MCP1、AT1、血小板由来成長因子β(PDGF-B)など)。

  1. Mas受容体活性の減弱

ACE2/MasRレセプターとアンジオテンシン(1-7)(Ang- (1-7))は、RAASシステムの構成要素です。ACE2はアンジオテンシンIとアンジオテンシンIIをAng-(1-7)に変換します。Ang -(1-7)はMAS受容体(MASR)に結合し、血管拡張、血管保護、抗線維化、抗増殖、抗炎症、抗血管新生などの作用を促進します 。ACE2は、アンジオテンシンIIをAng-(1-7)ペプチドに切断することで、血管拡張作用、抗増殖作用(抗ガン作用)、抗血栓作用、抗炎症作用起こします。Ang-(1-7)はNF-κB、IL-6、TNFα、IL-8などの炎症因子の発現を減少させます。ACE2がスパイクタンパク質に結合すると、これらの抗炎症作用が減弱します。

  1. [des-Arg9]-ブラジキニンの活性化

SARS-CoV-2に感染するとACE2が枯渇し、肺の炎症性ペプチド因子として知られるdes-Arg9-ブラジキニン(DABK)の発現レベルも上昇します。DABKはブラジキニンの生理活性代謝物で、主に肺の内皮細胞にあるブラジキニン受容体1(BR1)受容体を介して、肺の損傷と炎症に関連します。キニン・カリクレイン系にはキニノーゲン、酵素カリクレイン、ブラジキニン(BK-1-9またはBK)およびDABKが含まれます。ACE2はDABKの分解に関与しており、ウイルスによってACE2が枯渇することで、この炎症経路の制御ができなくなります。

  1. レクチン代替経路の活性化

補体系は自然免疫反応に寄与しており、抗体がない場合、感染物質に対して防御を即座にするものです。補体系は細胞分裂を必要としません。レクチン経路は、COVID-19の重症型の炎症と終末期の凝固現象に関与しています。スパイクタンパク質はレクチン補体経路を活性化します。アンジオテンシンII産生の増加とAT1Rの活性化は、C5aとC5b-9からなる補体カスケードの活性化を介した炎症反応を伴います。C5aは、補体カスケードの中で最も強力な炎症性ペプチドであり、IL-1、IL-6、TNF-α、NF-κB、アクチベーター・プロテイン-1(AP-1)を含む多数の炎症性サイトカインの放出を誘導します。C3aの産生増加は、IL-1、IL-6、TNF-αなどの炎症性サイトカインの産生を引き起こします。ウイルスが上皮のバリアで免疫によって排除されなかった場合、ウイルスはACE2受容体を発現する血管内皮へと進行します。細胞へのウイルスの侵入は、内皮炎と呼ばれる内皮の炎症を引き起こします 。内皮炎は、微小血栓症や大血管血栓症、肺塞栓症など、COVID-19で観察される血栓現象と関連しています。

以上のように、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質の主な免疫炎症経路を理解することは、COVID-19の重症化を解明することや、これらの免疫-炎症経路に的確に対処する、COVID-19のより良い治療法を提案するために極めて重要です。今後、COVID-19の病態解明とワクチンの副反応の抑制について、さらなる研究が求められています。

 

*サイトカインストーム:感染により体内で産生される炎症性サイトカインは患部を刺激し、発熱や他の免疫細胞の活性化を引き起こします。必要以上にサイトカインが出続けると、炎症が止まらず身体にとってショック状態となり、炎症が炎症を呼ぶ免疫の暴走状態をいう。

**ARDS: 重症の肺障害で、肺に水分が異常に貯留し、そのため肺胞から酸素を取り込むことが困難となる。

 

臼井 優(酪農学園大学)