お知らせ

2023年08月07日

未殺菌の乳製品摂取によるStreptococcus equi subspecies zooepidemicusの感染事例

 

Severe Streptococcus equi subspecies zooepidemicus outbreak from unpasteurized dairy product consumption, Italy

Bosica S, Chiaverini A, De Angelis M. E., et al.
Emerg Infect Dis. 29. 1020-1024. 2023.
Doi: 10.3201/eid2905.221338

 

Streptococcus equi subspecies zooepidemicusS. zooepidemicus)は、日和見感染症*の病原体で、何ら症状もなく家畜、ペット、野生動物に感染することが知られています。S. zooepidemicusは、ヒトへの感染もたびたび報告されており、髄膜炎や敗血症など様々な臨床症状を起こします。ヒトへの感染経路としては、感染動物との接触や、汚染された未殺菌牛乳やその他の乳製品の摂取によって起こることが知られています。今回は牛乳が原因となったヒトの感染事例を紹介します。

2021年11月から2022年2月にかけて、イタリアのペスカーラ州内において、18人の入院患者からS. zooepidemicusが検出されました(図1)。患者には、敗血症、咽頭炎、関節炎、ぶどう膜炎、内耳炎など、さまざまな臨床症状が認められました。これらの患者のうち5人は髄膜炎で死亡しました。そこで、医師、獣医師、疫学者、微生物学者などの専門家からなる対策本部が設置され、積極的な疫学調査が実施されました。この地域で7ヵ月間に37例の感染事例があったことが確認されました。調査で分離された21株について全ゲノム解析が実施され、その関連性について調べたところ、全ての菌株が近縁であり(SNPs**は0〜3)、固有の感染源が関与していることが示唆されました。次に感染源を特定するため、広範な調査が行われました。疫学解析の結果、31人の患者が地元の生産者または販売業者から購入したソフトチーズを摂食していました。そこで、地元の酪農食品事業者計8社を調査しました。各事業者から生乳(牛および羊)、無殺菌乳および低温殺菌乳のフレッシュチーズを入手し、細菌検査が実施されました。分離された細菌については、菌種の同定と全ゲノム解析を基にしたSNP解析が実施されました。その結果、発生地域内の酪農家1社の、バルク乳タンクと生乳チーズサンプルからS. zooepidemicusが合計18株分離されました。これらの菌株は、ゲノム配列がヒトの臨床由来株と類似しており、強い相関関係があることが示されました。また、過去に分離されたS. zooepidemicusの菌株ライブラリーのデータを再解析したところ、2021年11月に乳房炎を発症した牛の乳から分離された菌株も、ヒト患者および生乳製品から分離された菌株と類似していました(図2)。これらの疫学的および微生物学的分析に基づき、2022年2月末までに、すべての乳製品は市場から回収され、熟成中のチーズは廃棄されました。これらの事例は、分子疫学解析による細菌の早期診断や同定により、容易に短時間による疫学的な疾病調査を可能にし、生命を脅かす感染症の蔓延を防ぐことができることを実証しています。

なお日本において市販される牛乳やナチュラルチーズの原料となる生乳は加熱殺菌されており、未殺菌乳を飲まなければ今回の事例のようなS. zooepidemicusによる感染症は心配ないと考えられます。仮に集団による食中毒が発生した場合は、分子疫学解析を用いた原因究明や対策の実施が行われています。

 

 

*日和見感染症:色々な理由で免疫力が低下した方が、通常では感染しないような病原体に感染することで起こる感染症のこと。

**SNPs:Single nucleotide Polymorphismの略称。遺伝子の塩基配列の中で1つだけ異なる塩基に置き換わったことを意味する。

 

臼井 優(酪農学園大学)