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2023年06月28日

薬剤耐性におけるバイオフィルムの役割: ASM(American Society for Microbiology)の記事

ASM(American Society for Microbiology)のURL
https://asm.org/Articles/2023/March/The-Role-of-Bacterial-Biofilms-in-Antimicrobial-Re?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_content=ASM&utm_id=falcon&utm_campaign=Articles

 

 

微生物の作るバイオフィルムは、広く自然界に存在し、哺乳類の歯、植物の根、水道管の中など、さまざまな表面に付着しています。バイオフィルムは、自然界に適応する微生物の特徴といえるかもしれません。しかし、微生物が病原性を持つ場合、バイオフィルムとして凝集する能力が重要な病原性因子となることがあります。実際、感染症の大部分は、バイオフィルムを介したものであることが知られており、バイオフィルム関連感染症と言われます。イメージしやすいバイオフィルム関連感染症としては、医療機器(人工関節、カテーテル、インプラント、コンタクトレンズなど)や組織(慢性創傷、皮膚感染症、心内膜炎、慢性中耳炎、嚢胞性線維症肺など)に関連する感染症が挙げられます。バイオフィルムは、抗菌薬の有効性だけでなく、免疫反応にも影響を与えることで、慢性感染の原因となることが知られています。バイオフィルム関連感染症に対抗するため、バイオフィルムについてよく理解する必要があります。

バイオフィルムとは?

バイオフィルムは、微生物の塊として機能する3次元構造体です。バイオフィルムは、微生物の集団が表面を感知して付着することで形成が始まります(図1)。その後、さらに集団化が進み、細胞外多糖類マトリックス(EPS)が生成されると、構造がより強固になります。EPSは粘着性があり、細菌は構造化された「コミュニティ」を形成します。コミュニティは、細菌の内部環境を外部環境から保護し、栄養分や廃棄物の副産物を供給するためのルートを作り、内部の細菌の集団形成と成熟を可能にします。さらに成熟が進むと、バイオフィルムから一部の細菌が放出し、別のバイオフィルム・コミュニティに加わったり、新しいコミュニティを形成していきます。


 

バイオフィルムによりなぜ抗菌薬に耐えるのか?

薬剤耐性(AMR)におけるバイオフィルムの役割は非常に複雑で、バイオフィルムは抗菌薬に対する抵抗性を著しく促進する可能性があることが知られています。バイオフィルムに存在する細菌は、プランクトン状態*の細菌と比較して、抗菌薬に対する抵抗性が10倍から1,000倍高まることが示されています。例えば、黄色ブドウ球菌の抗菌薬に対する抵抗性を調べた研究では、プランクトン状態で試験した場合、試験した細菌の100%がバンコマイシンに対して感受性を示しましたが、バイオフィルム状態で試験したところ、75%近くがバンコマイシンに対して耐性を示しました。Klebsiella pneumoniaeなどの他の細菌も同様の傾向を示しました。

バイオフィルム内では、主に以下に示す3つのメカニズムが組み合わさることで、高濃度の抗菌薬に対して抵抗性を示します。

1.バイオフィルム表面での抵抗性:
バイオフィルムのEPSは、多糖類、DNA、タンパク質からなる複雑な構造をしているため、抗菌薬がEPSを通り抜け、標的の細菌に到達することが困難となります。また、バイオフィルム表面では、抗菌薬の拡散が遅いため、抗菌薬が不活性化される可能性が高くなります。しかし、これはすべてのバイオフィルムに共通する特徴ではなく、このメカニズムとAMRが、どの程度関連するかは不明です。

.バイオフィルム内における抵抗性
抗菌薬がバイオフィルム表面を通過できた場合、バイオフィルムの深部で細菌に作用することになります。バイオフィルムの内部では、細菌の代謝産物、廃棄物、栄養素が蓄積されます。さらに、酸素が大幅に減少し、嫌気的な環境となることもあります。これらの要因が重なると、抗菌薬の構造や作用の違いによって抗菌薬に抵抗を示すことがあります。例えば、低酸素レベルは、トブラマイシンやシプロフロキサシンの抗菌作用を低下させ、pHの変化はアミノグリコシドの抗菌作用に影響を及ぼす可能性があります。


3.細菌「パーシスター」の影響
バイオフィルムの深部では、抗菌薬による作用を回避するための性状が観察されます。抗菌薬の作用を免れた細菌の小さな亜集団は、生き残るために、極限状態に抵抗性を持つ代謝を抑制した「芽胞様」状態になることがあります。このような細菌は「パーシスター」と呼ばれます。パーシスターは休眠状態で存在し、抗菌薬の存在下では増殖することはありません。


細菌にとって、バイオフィルム環境の最大の利点は、複数の生物が互いに接近していることです。これは、クオラムセンシング**のような細菌のコミュニケーション戦略を可能にするだけでなく、遺伝子の水平伝達も促進します(図2)。


 

薬剤耐性に対抗するためバイオフィルムを制御することは重要

バイオフィルムの定着性やAMRとの関連性についての認識を深めることが、バイオフィルム関連感染症に対抗するために必要です。抗菌薬管理および感染予防プログラムが進化し続ける中、バイオフィルムがもたらす危険性を理解し、バイオフィルム原因菌を防ぐことがAMRの蔓延を防ぐことはますます重要になると思われます。

 

*プランクトン状態:水中を漂う状態のこと。液体培地での細菌の状態はプランクトン状態である。
**クオラムセンシング:細菌が同種の細菌の生息密度を感知して物質の産生をコントロールする機構のこと。

臼井 優(酪農学園大学)