お知らせ

2023年03月06日

代替肉は畜産の脅威となるのか?

酪農学園大学名誉教授  田村 豊

 

 最近、代替肉の話題が各種マスメディアで取り上げられるようになり、読者の皆様も関心を持たれていると思われます。そもそも代替肉は畜産が潜在的に抱える問題点(図1)1)を克服する手段として開発が進められてきたものですが、ロシアによるウクライナ侵略も間接的ながら代替肉の必要性を高めています。これまで畜産に対する脅威といえば、高病原性鳥インフルエンザの蔓延や豚熱の持続的な発生、さらには近隣諸国や地域でのアフリカ豚熱の発生など家畜伝染病が主体でした。しかし、家畜の飼育に伴う温室効果ガスの産生やアニマルウエルフェアーの遵守、生産費の高騰など畜産を取り巻く環境の厳しさが増しています。さらには人獣共通感染症の原因となる病原微生物や医療上重要な多剤耐性菌が家畜から高頻度に分離され、食肉を介して人に伝播する公衆衛生的な問題も懸念されています。このように人間が生存するために無くてはならない動物性タンパク質を供給する、日本の畜産を維持・推進するには極めて厳しい状況にあるようです。畜産の置かれた現状に追い打ちをかけるように、代替肉の開発が盛んに行われており、一部実用化された事例も知られています。そこで今回は、新たな畜産の脅威となる代替肉に焦点をあてて、その現状を紹介し、畜産が取るべき対応について考えたいと思います。

 

図1.畜産業と環境問題の関わり1)

 

 代替肉(meat alternative)とは食肉の代替として作られた食品のことで、主に植物が原料の植物肉(plant based meat)と家畜の筋肉細胞の培養肉(cultured meat)の2種類からなります。植物肉は植物性原材料(大豆、小麦、エンドウ豆、ソラマメなど)で製造され、大豆ミートが最も開発が進んでおり、ハンバーグやボロネーゼやピザなど多くの市販品が大手スーパーマーケットの食品棚で見かけるようになっています。さらに最近では植物肉に特化した飲食店もいくつか知られています。植物肉は基本的に菜食嗜好者に対する食品であるものの、消費者の嗜好に合わせて、動物性タンパク質を含むものと、含まないものがあります。植物肉の改良型として、大豆などの植物由来の原材料を使用して、海藻成分で魚の風味と食感を再現した代替シーフードも開発され、代替マグロやサーモンなどが市販されています。植物肉の欠点としては、味や食感が本来の食肉を完全に再現していないことや、供給量が少なく価格が高い点が挙げられます。特に人間の味覚は鋭く微妙な食感や味の違いを識別しますので、食肉を完全に再現することが高いハードルのようにも感じます。

 一方、培養肉は2013年8月に世界初の培養肉バーガーの試食会がロンドンで開催されたとのニュースが世界を駆け巡りました2)。筋肉細胞のシート状の細胞培養はできても立体構造を再現することに長期間を要するだろうと考えていた我われを驚かしました。開発したのはオランダのマーストリヒト大学のMark Post教授で、牛の筋肉細胞を培養して人工肉を作成し、それに塩と卵粉、パン粉を加えて、ビートの根の赤いジュースとサフランで着色してパテイを作成しました。140gのパテイの製造には25万ユーロ(約3,300万円)がかかったそうで、試食会では2人にハンバーガーが提供されました。培養肉の歴史を紐解いてみると、最初に予言したのは英国の政治家であるFrederick Edwin Smithといわれ、1930年に「牛肉や鶏肉はいずれ培養で作られる」と述べました3)。次の年に時の英国首相であったWinston Churchillも今から50年後に「胸肉や手羽肉を食べるためにニワトリ1羽を飼育するという不合理から自由になっているだろう」と培養肉を予言しました4)。実際に1950年代にオランダの医師であるWillem van Eelenが細胞培養から肉が形成される可能性を示し、1999年に工業的に培養肉を生産する基礎的手法を開発して特許を取得したことで、我われが培養肉を認識することになったのです5)。その後、培養肉の開発に医師など医学分野からの協力が得られ大きく前進するようになるのですが、医学分野が参入する理由は将来的に再生医療への応用にあるようです。さらに、厳格な無菌管理された培養肉により確実に食中毒や人獣共通感染症が激減するでしょうし、細胞培養に抗生物質を使用しなければ薬剤耐性菌の制御も可能となり、究極の薬剤耐性菌対策にもなるのです6)。2005年に培養肉の生産方法が科学誌に掲載7)されて、いよいよ実用化の道筋が見えてきて、2013年に先に述べた培養肉によるハンバーガーの試食会に繋がるのです。2017年には、アメリカのMemphis Meats社は鶏の幹細胞を使った培養肉の製造に成功しました。2020年のニュースによれば、米国のスタートアップ企業であるEatJust社がシンガポールで世界初の培養肉の販売許可を得て、レストランでチキンナゲットとして提供したそうです8)。2022年にオーストラリアのVow社も培養肉をシンガポールでの提供を開始すると発表しています。これで様々な培養肉が世界各国で販売されるという実用化段階にさらに近づいたようです。

 では日本の培養肉に関する状況はどうでしょうか?欧米に対して日本はこの分野の参入に随分と遅れてしまいました。我われが日本発の培養肉として最初に認識したのは、2015年に「細胞農業」で持続可能な世界を目指すインテグリカルチャー社が創業され、無血清基礎培地と細胞培養のための装置を開発して、ニワトリとカモの肝臓由来細胞培養によりフォアグラの作成に世界で最初に成功したことでした9)。その後、2019年に東京大学の竹内昌治教授と日清食品ホールデイング社との共同研究で、牛の筋肉細胞を立体的に培養してサイコロステーキ状の培養肉(1.0x0.8x0.7㎝)を作成しました10)。2022年には独自で開発した「食用血清」と「食用血漿ゲル」を使用して食用可能な培養肉を作製し研究関係者による試食会を行いました(図2)11)。さらに東京女子医大の清水達也教授は、再生医療の研究で得られた技術を用いて、大量培養が可能な藻類による循環型培養システムを用いた培養肉の開発を行っています12)。まだまだ基礎的段階であり、実用化のための研究開発は加速する必要があるものの、やっと欧米と培養肉に関して同じ立場で議論できる研究成果だと思われます。


図2.食用培養肉の作製11)

 

 以上のように代替肉は今のところ味や食感など食肉に適わないものの、今後わが国の畜産に対する新たな脅威になることは疑いのないところです。このまま何ら対策を講じないと、日本の畜産は確実に衰退の方向に進むものと考えられます。ある世界規模での食肉の消費予測のデータを見ると、2025年から15年後の2040年には代替肉が60%を占め、その35%が培養肉になるとのことです(図3)13)。つまり、代替肉が相当の速度で普及し、現在の食肉が半分以下に圧縮されることを示しています。では今、日本の畜産を守るために、我われは何をすべきなのでしょうか?代替肉の発展理由の一つが日本の畜産の問題点にあるのならば、その問題点を克服する方策を積極的に講じることが重要だと思われます。まず挙げられるのは畜産による環境負荷を軽減することで、温室効果ガスの削減のための方法を開発して実行する必要があります。特に牛の曖気(ゲップ)に含まれるメタンガスの抑制法14)や家畜排泄物処理法の開発15)は喫緊の課題であり、すぐにでも実行する必要があります。また、農業分野は地球上の淡水利用の約92%を占めており、その内の約29%は畜産による水の消費量とされています16)。家畜への飲水を制限することは難しいものの、畜舎清掃のための水など無駄な水の消費量をできる限り削減することです。さらに、使用した医薬品や飼料添加物の環境への暴露をできる限り抑えるために、基本は家畜を健康に飼育することであり、医薬品の投与をできる限り抑えることです。もし疾病に罹患した家畜がいる場合は医薬品の適正使用に心掛け誤用や過剰使用を抑えることだと思います。一方、日本が世界から遅れていた分野にアニマルウエルフェアーへの対応があります。農林水産省ではアニマルウエルフェアーの考えに対応した家畜ごとの飼養管理指針17)を作成しており、畜産農場で確実に実施するように普及啓発活動を強化する必要があります。最後に食中毒や人獣共通感染症に対する対応です。基本は家畜の飼養に係る衛生管理の方法に関して、家畜の所有者が遵守すべき基準である飼養衛生管理基準18)を励行することでしょう。ワクチンプログラムを徹底して、家畜伝染病の予防に心がけ、薬剤耐性菌対策として治療用抗菌薬の使用をできる限り抑えることが必要です。また、これらの対応と並行して、代替肉のもつ最大の欠点であり、食肉の最大の利点である味や食感のさらなる追求があります。また消費者ニーズに即した、脂肪分の少ない家畜やアレルギー原因物質を含まない飼料で飼育した家畜など、付加価値を高める努力は今後も求められるでしょう。いずれにしても、代替肉を契機に日本の畜産は大きな転換点に差し掛かってきていることは間違いなく、今まさに存続をかけた畜産の真価が問われています。

図3.世界的な食肉市場の予測13)

 

 

1)農林水産省:畜産環境をめぐる情勢.2022年12月.
 index-117.pdf (maff.go.jp)

2)AFPニュース:世界初の人工肉バーガー、ロンドンで試食会開催へ.2013年8月5日.
 世界初の人工肉バーガー、ロンドンで試食会開催へ 写真2枚 国際ニュース:AFPBB News

3)Brian J. Ford: Culturing meat for the future: Anti-death versus Anti-life. 2009.
 THE PHILOSOPHY OF ROBERT ETTINGER (brianjford.com)

4)Winston Churchill:Fifty years hence, 1931. December 1931. America’s National Churchill Museum.
 https://www.nationalchurchillmuseum.org/fifty-years-hence.html

5)Zuhaib Fayaz Bhat, Hina Fayaz: Prospectus of cultured meat-advancing meat alternatives. J Food Sci Technol. 48(2):125-140, 2011.

6)Eileen McNamara, Claire Bomkamp: Cultivated meat as a tool for fighting antimicrobial resistance. Nature Food, 3:791-794, 2022.

7) Edelman P.D., McFarland D.C., Mironov V.A.: In vitro-cultured meat production. Tissue Engineering, 11(5-6):659-662, 2005.

8) The Guardian: No-kill, lab-grown meat to go on sale for first time.
 No-kill, lab-grown meat to go on sale for first time | Meat industry | The Guardian

9) Integuriculture(press release):世界初 臓器間相互作用を用いた培養生産方法を樹立-無血清基礎培地によるニワトリ・カモ肝臓由来細胞の培養法.2021年4月1日.
 世界初 臓器間相互作用を用いた培養肉生産方法を樹立―無血清基礎培地によるニワトリ・カモ肝臓由来細胞の培養法― | IntegriCulture Inc.

10)産経新聞:「培養肉ステーキ」へ一歩 日清食品、世界初の立体組織作製.2019年3月22日.
 「培養肉ステーキ」へ一歩 日清食品、世界初の立体組織作製 - 産経ニュース (sankei.com)

11)東京大学(プレスリリース):日本初!「食べられる培養肉」の作製に成功 肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進.2022年3月31日.
 IST_pressrelease_20220331_takeuchi.pdf (u-tokyo.ac.jp)

12)清水達也:目標は「本物」のステーキ!再生医療技術で作る培養肉.ヘルシスト 271号(2022年1月10日).
  目標は「本物」のステーキ! 再生医療技術で作る培養肉 (healthist.net)

13)Mirko Warschun, Dave Donnan, Fabio Ziemßen:When consumers go vegan, how much meat will be left on the table for agribusiness? AT KEARNEY  2020年1月8日.
 When consumers go vegan, how much meat will be left on the table for agribusiness? - Kearney

14)小林康男:家畜からのメタン生成を低減する天然物質の探索.日本農薬学会誌 36(1):124-126, 2011.

15)農林水産技術会議: 畜産からの温室効果ガスを削減する技術.
 畜産からの温室効果ガスを削減する技術:農林水産技術会議 (maff.go.jp)

16)村山俊太,桐山真美,古川慶人,高橋美礼,張智翔:培養肉に関するテクノロジーアセスメント.東京大学公共政策大学院ワーキング・パーパーシリーズ(GraSPP-P-21-001). 2021年3月.
 (掲載用)GraSPP-P-21-001 (u-tokyo.ac.jp)

17)農林水産省:アニマルウエルフェアーの考え方に対応した資料管理指針等.
 アニマルウェルフェアについて:農林水産省 (maff.go.jp)

18)農林水産省:飼養衛生管理基準について.
 飼養衛生管理基準について:農林水産省 (maff.go.jp)