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2023年02月13日

堆肥を介した土壌細菌叢へのIncP1プラスミドの接合伝達の評価

Horizontal gene transfer of an IncP1 plasmid to soil bacterial community introduced by Escherichia coli through manure amendment in soil microcosms
Goncalo M, Asmus K O, Lorrie M, Lucia H L, Peter V D M, Dick H, Dik M, Soren J S, Heike S.
Environ Sci Technol. 56, 11398-11408. 2022.

 

 薬剤耐性遺伝子を含む堆肥を土壌に散布した際の薬剤耐性菌や耐性遺伝子の土壌への拡散のリスクを評価するため、土壌への堆肥散布時の薬剤耐性遺伝子を含むプラスミド(細菌に存在する染色体以外のDNA)の他の細菌への接合伝達*の可能性を評価することが必要とされてきた。しかし、これまでの研究は、実際の土壌環境とは大きく異なる実験手法(実験室内での堆肥土壌の混合や耐性遺伝子の定量や細菌叢のゲノム解析のみ)であったため、実際のリスクを評価するには不十分であった。そこで、これまでの研究の課題を解決する手法として、実際に堆肥の土壌への散布環境をシミュレーションし、耐性遺伝子の接合伝達について、プラスミドの標識とフローサイトメーター(FACS)を用いた方法で評価した。

 実験の流れを図に示す。実験農場から採取した土壌と堆肥を混合し、そこに緑色蛍光で標識をしたプラスミドに赤色蛍光標識大腸菌を添加し、21日間静置した。サンプルは、継時的に集められ、密度勾配遠心分離法によって土壌から菌体分画を集め、培養による菌数測定と蛍光色素を識別するFACSを用いた細菌の定量を実施した。プラスミド及び受容菌(ドナー)である大腸菌は、それぞれ別の蛍光で標識をしているため、ドナーおよびプラスミドが伝達された土壌細菌を識別することが可能である。従来の培養のみによる方法では、培養可能な土壌細菌への接合伝達の評価のみが可能であったのに対し、FACSを用いて、培養が困難である土壌細菌への接合伝達が評価できる点が、今回の実験手法の注目すべき点である。さらに、接合伝達体について、16S rRNAシーケンス**を用いて菌種の同定を行った(これにより、培養が困難な接合伝達体の菌種も推定できる)。また、採取したサンプルの各時間経過時点における菌叢***の多様性を16S rRNAシークエンスを基に解析した。堆肥を添加してから4日間で、プラスミドの接合伝達が認められたが、それ以降は観察されなかった。接合伝達体からは11種類の細菌が見つかった。接合伝達体の中には、糞便由来細菌(Comamonas属、Rahnella属)や土壌由来細菌(Bacillus属、Nocardioides属)が含まれた。

 以上の結果より、土壌に堆肥を散布した場合に堆肥中のプラスミドが接合伝達する頻度は高くなく、接合伝達が起こったとしても、堆肥散布直後に起こることが示唆された。薬剤耐性菌から接合伝達される細菌としては、糞便由来細菌だけでなく土壌由来細菌も含まれることが明らかとなった。このことから堆肥散布による薬剤耐性菌の拡散リスクが、思いの他低いという重要な情報を提供する論文となった。ただし、この実験は堆肥の添加を一度しか行っていない。実際には、短期間に複数回の散布をすることがあり、薬剤耐性菌の散布量のさらなる増加や、接合伝達に必要な栄養供給が累積することによる影響が考えられることから、複数回の散布の試験などについても評価されることが期待される。

 

*接合伝達;細菌が合体融合する接合により、プラスミドなどの遺伝子を他の細菌へ受け渡す現象。
**16S rRNAシークエンス;染色体上の16S rRNAの配列の中には、菌種ごとに特異性の高い可変領域が存在する。16S rRNAの配列を元に、菌種の推定が可能となる。
***菌叢;存在する細菌集団の全体のこと。多様性が高いということはさまざまな細菌種により構成されることを意味する。

(酪農学園大学 臼井 優)