お知らせ

2023年01月30日

薬剤耐性問題への対抗手段としての培養肉の可能性

Cultivated meat as a tool for fighting antimicrobial resistance
Eileen M, Claire B.
Nature Food. 3. 791-794. 2022.

 

 薬剤耐性菌の問題は、公衆衛生上、喫緊の課題である。現在、約70%の抗菌薬が畜産分野で使用されており、2019年には127万人が薬剤耐性菌に関連して命を落としているという報告もあり、対策が急務とされている。薬剤耐性菌は、抗菌薬の使用に伴い選択・増加する。加えて、動物への抗菌薬の使用には、水圏を含む残留抗菌薬としての環境汚染、薬剤耐性遺伝子が環境に残留することに関する懸念もある。そのため、抗菌薬に頼らない畜産が求められている。

 近年、畜産の持つ潜在的な問題(環境汚染、温室効果ガスの排出、アニマルウエルフェアーの遵守、薬剤耐性菌の出現など)を回避するため、培養肉による肉生産の開発が盛んであり、すでに実用化されている国もある。培養肉は、数週間で生産が完了し、5つのプロセスにより生産される(図)。培養プロセスにおいて、微生物汚染を防ぐため、以下のような対応が取られ製造されている

  1. 細胞の選択と調達 

    初代細胞を動物から調達。このプロセスで、微生物汚染を防ぐため、抗菌薬を使用することがある。

  1. 細胞株の確立

           初代細胞から細胞株を確立する。この際、培養容器などの滅菌手法として、加熱を実施することが多い。紫外線照射による殺菌も
           実施される。加熱や紫外線照射が不適切な培養液への添加剤(ビタミンなど)はフィルター滅菌される。加えて動物由来の牛血清
           などは、微生物汚染のリスク、コストや動物倫理的な問題から、牛血清を使用しない培養肉の開発が盛んである。

  1. 大量培養と立体構造の構築

           細胞株から大量培養し、食肉同様の立体構造を構築する。製薬の際と同様のレベルで無菌培養することで微生物汚染を防ぐこと
    が可能となる。免疫細胞と共培養したり、抗菌活性のあるキトサンのような物質を培養の足場にすることで、微生物汚染を防ぐ
           開発も進んでいる。

  1. 細胞の回収とパッケージング

           培養された細胞を回収しパッケージングする。

 

 現在のところ抗菌薬フリーの培養肉は、シンガポールの1社(EatJust社; https:/www.ju.st)のみが市場に出している。今後、細胞株が開発されれば、抗菌薬フリーの培養が一般的になる可能性が高い。培養肉が普及した場合、動物性タンパク源の多くは培養肉に置き換わることになり、畜産で使用される抗菌薬の使用量を激減させることになるだろう。つまりは究極の耐性菌対策になり得る。培養肉の開発は、現在の畜産が抱える薬剤耐性を含む諸問題(環境問題、動物福祉、生産費の高騰等)を解決する可能性があり、畜産の新たな脅威になり得る。現在の畜産を維持・発展させていくためにも、家畜における薬剤耐性を含む諸問題を解決する研究開発と実践が重要となるだろう。

 

臼井優(酪農学園大学)