お知らせ
2025年11月11日
「悪夢のような細菌=薬剤耐性菌」の増加 -抗菌薬耐性によって引き起こされる感染症を減らすための取り組みは計画どおりには進んでいない-
Data show the rise of drug-resistant 'Nightmare bacteria'
The fight to reduce infections caused by antimicrobial resistance is not going according to plan.
Katie Kavanagh
Nature. 646, 526-527. 2025.
doi: 10.1038/d41586-025-03218-x
世界保健機関(WHO)の発表によると、薬剤耐性菌の拡大は2023年以降、深刻な危機に直面しています。予測の中には、2050年には年間191万人が薬剤耐性菌を原因として死亡するというものもあります(図1)。特に高齢者(70歳以上)において死亡率が約70%増加する一方で、乳幼児や子供の死亡率は低下するという予測になっています。そのため、薬剤耐性菌問題は、国際的に取り組むべき課題です。
薬剤耐性菌問題に対抗するため、新規の抗菌薬の開発が期待されます。しかし、新規の抗菌薬の開発は滞っている状況です。薬剤の開発状況としては、2023年には97種類が開発中の抗菌薬としてあったものの、2025年には90種類に減少しています(図2)。また、臨床試験段階にある薬剤の中には未だに革新性を欠くものが多いと指摘されています(確信的と見なされるのは、90種類のうち、わずか15種類)。WHOなどの調査によると、世界中で232の研究開発プログラムが進められていますが、その大半は小規模な企業によるものであり、これは研究開発の脆弱性を示しています。多くの大手製薬会社は、資金不足や承認率の低さを背景に、抗菌薬市場から撤退しています。
抗菌薬の乱用や不適切な使用、感染症治療における診断の遅れが、問題視されています。特に、動物用抗菌薬の使用量は増加傾向にあり、2019年から2040年にかけて約30%増加すると予測されています(図3)。中でもアジア太平洋地域での抗菌薬の使用量の増加が懸念されています。また、人の感染症の治療における抗菌薬の使用量は2000年以降、高い水準で推移しています(図4)。この間、低中所得国での使用量が増加してきています。低中所得国での抗菌薬の使用量の増加は、抗菌薬の不足や医療インフラの脆弱さから、適切な治療が行き届かない状況が原因とされています。
WHOが2024年に公開した「優先病原体リスト」では、特に耐性率の高いグラム陰性菌が注目されています。例えば、大腸菌やAcinetobacter baumanniiなどです(図5)。抗菌薬の必要性は非常に高まっているものの、薬剤開発のペースは遅く、なかなか進展していません。AI(人工知能)を利用した新薬開発の試みも進行中ですが、AIによる設計や合成の課題もあり、臨床段階に持ち込むには依然として多くのハードルがあります。
今後の対策としては、新しい抗菌薬に頼れないことから、抗菌薬の適正使用を徹底し、乱用や過剰使用を防ぐことが最優先です。また、感染症の早期診断の促進や、低・中所得国における医療アクセスの拡充も重要です。WHOは、2030年までにヒトと動物の抗菌薬使用量を削減し、AMRによる死亡を10%削減しようとしていますが、現状ではこの目標の達成は難しいと予測されています。薬剤耐性菌は、世界的に見て深刻な公衆衛生の脅威です。薬剤開発の遅れと過剰使用の問題を解決するためには、国や企業、研究者、そして国民一人ひとりが協力し、包括的な対策を講じる必要があります。新薬の開発促進、適切な抗菌薬使用、感染予防策の徹底を通じて、薬剤耐性菌の拡大を食い止めることが今後の課題です。
臼井 優(酪農学園大学)





- |