お知らせ

2024年10月25日

日本の家畜由来堆肥の現状と耐性菌対策となる処理法

 

生産動物に対して抗菌薬がヒト医療に比べて多く使用されており、生産動物の排泄物には抗菌薬の選択を受けた多くの薬剤耐性菌が含まれることが知られています。日本において、生産動物の排泄物の多くは、好気性発酵(堆肥化*)または嫌気性消化(主にバイオガスプラント処理**)によって処理された後に、土壌に散布/還元されています。近年、土壌に散布される処理物に含まれる薬剤耐性菌や耐性遺伝子が環境を介して拡散していることが、ワンヘルスの観点から懸念されていますが、日本での実態は、明らかではありませんでした。そこで、日本における生産動物の排泄物の処理後(好気性発酵後、嫌気性消化後)の薬剤耐性菌/耐性遺伝子の実態を解明するための調査が行われました。さらに、薬剤耐性菌対策となる、生産動物排泄物の処理法についても検討されました。今回、それら研究の基礎的な成果がまとまりましたのでここに報告させていただきます。

最初に、日本の野外農場における好気性発酵後の堆肥中の薬剤耐性菌/耐性遺伝子の実態を明らかにするため、複数の畜主の農場の完熟堆肥における薬剤耐性菌/耐性遺伝子について調べました[1]。その結果、テトラサイクリン耐性菌は、牛農場6/11(54%)、豚農場4/7(57%)(1農場は試験できず)、鶏農場2/3(67%)の完熟堆肥から検出されました(図1)。堆肥に含まれる薬剤耐性菌の量について、畜主ごとに有意な差は認められませんでした。また、試験をしたすべての農場の完熟堆肥からテトラサイクリン耐性遺伝子であるtetA遺伝子が検出されました。完熟堆肥に含まれるtetA遺伝子の量は、鶏農場の堆肥で、牛農場の堆肥に比べて有意に高い値を示しました。以上のことから、日本の農場の完熟堆肥には、一定の割合で薬剤耐性菌や耐性遺伝子が含まれることが明らかになりました。

次に、好気性発酵と嫌気性消化が薬剤耐性菌/耐性遺伝子を減少させることができているかを明らかにするため、酪農場においてそれぞれの処理前後に含まれる薬剤耐性菌/耐性遺伝子量を調べました[2]。この試験では、薬剤耐性菌の指標としてテトラサイクリン耐性大腸菌とセファゾリン耐性大腸菌を用いました。その結果、好気性発酵と嫌気性消化のいずれの処理によっても、大腸菌、テトラサイクリン耐性大腸菌、セファゾリン耐性大腸菌の菌量が1,000倍以上減少しました(図2a, b)。このことは、適切な好気性発酵または嫌気性消化処理を行うことによって、薬剤耐性菌を含む大腸菌量を有意に減少させることができることを示しています。耐性遺伝子について、好気性発酵と嫌気性消化後のいずれにおいても、複数の耐性遺伝子(tetA、tetB、blaTEMblaSHVblaCTX-M)が検出されました(図2c, d)。それらの遺伝子量は、嫌気性消化処理によって約1,000倍減少しましたが、好気性発酵では減少しませんでした。しかし、嫌気性消化処理後でもいくつかの耐性遺伝子は、依然として検出されました。以上のことから、好気性発酵と嫌気性消化のいずれも、薬剤耐性菌を含む細菌数を減少させることに有効ですが、薬剤耐性遺伝子の減少には、嫌気性消化の方が有効であることが示されました。一方で、嫌気性消化を適切に実施しても、一定数の薬剤耐性遺伝子は残るため、より効果的な薬剤耐性菌対策としての生産動物の排泄物の処理法が必要と考えられました。

ここまでの結果より日本の農場の完熟堆肥には薬剤耐性菌/耐性遺伝子が含まれることが多く(不十分な処理を含む)、好気性発酵および嫌気性消化では薬剤耐性菌対策として不十分であることが示されました。そこで、薬剤耐性菌対策となる可能性のある処理法として、3つの処理法について検証を行いました。

(1)添加物堆肥法

好気性発酵の際に添加物を加えることで、細菌の量を減少させることができる可能性が示されてきました。そこで、添加物として利用されることのある焼成ホタテ貝殻粉末(HSSP)または石灰窒素(LN)を豚糞便に混合し、13日間好気性発酵を実施し、継時的に薬剤耐性菌や耐性遺伝子の変化を観察しました[3]。その結果、HSSPまたはLNを4%添加した直後に、薬剤耐性菌を含む大腸菌は検出限界以下まで減少しました(図3)。一方、耐性遺伝子量はそれほど変化がありませんでした。以上のことから、HSSPおよびLNの添加は、耐性菌対策として、特に薬剤耐性菌を含む細菌量を減少させることに有効であることが示唆されました。

(2)超高温堆肥法

通常の好気性発酵による堆肥化による温度上昇は60-70度までですが、好熱細菌を含む戻し堆肥を活用した超高温堆肥化は100度を超える温度上昇を示すことが知られています。国内のいくつかの農場においても超高温堆肥化は活用されています。そこで、薬剤耐性菌対策としての超高温堆肥化の有効性を解明するため、超高温堆肥化が実施されている酪農場の堆肥において、継時的に薬剤耐性菌や耐性遺伝子の変化を観察しました[4]。その結果、超高温堆肥化を開始した後15日で、薬剤耐性菌を含む大腸菌は検出限界以下まで減少し、培養可能な細菌も急激に減少しました(図4)。また、試験した耐性遺伝子の全てが、超高温堆肥化を開始した後15日までに大きく減少し、最終産物となる45日後にかけても耐性遺伝子の減少が続きました。以上の結果より、超高温堆肥化は、薬剤耐性菌だけでなく耐性遺伝子を減少させるため、対策として非常に有効であることが示されました。

(3)昆虫堆肥法

イエバエの幼虫やミミズを活用して家畜排泄物を堆肥化する方法(昆虫堆肥化)が報告されています。この方法は、幼虫の消化管内の消化酵素によって、生産動物からの排泄物を含む有機物を分解することで堆肥化を進める技術です。この堆肥化にかかる日数はわずか7日で、堆肥産物は良質な土壌改良剤として用いられる上、堆肥化後の昆虫の幼虫は飼料として活用されます。日本においては、まだ大きく普及はしていませんが、イエバエ幼虫による堆肥化の有効性などについては、企業を中心に研究が進められています。そこで、薬剤耐性菌対策としてのイエバエ幼虫による堆肥化の有効性を明らかにするため、イエバエ幼虫を用いた堆肥化が実施されている豚農場の堆肥において、継時的に薬剤耐性菌や耐性遺伝子の量の変化を観察しました[5]。その結果、イエバエ幼虫による堆肥化により、薬剤耐性菌を含む大腸菌は大きく減少し、いくつかの薬剤耐性遺伝子も減少しました(図5)。以上の結果より、イエバエ幼虫による堆肥化は、薬剤耐性菌対策として有効であることが示唆されました。

 

これまでの研究成果より、日本の農場における堆肥に含まれる薬剤耐性菌および耐性遺伝子の現状が明らかになりました。また、薬剤耐性菌対策になりえる生産動物の排泄物処理法が、少なくとも3種類が研究されました。薬剤耐性菌対策として、現時点での処理法の違いを比較してみました(表)。まだ研究継続中であり、現時点で優劣を述べることは差し控えたいと思います。今後、野外を用いた大型の実証実験により、その有効性を実証し、それぞれの農場において、最適な薬剤耐性菌対策となる家畜排泄物処理法が実施され普及していくことが期待されます。

 

引用文献

  1. Yoshizawa N, Usui M*, Fukuda A, Asai T, Higuchi H, Okamoto E, Seki K, Takada H, Tamura Y. Manure compost is a potential source of tetracycline-resistant Escherichia coli and tetracycline resistance genes in Japanese farms. Antibiotics.9(2). 76. 2020.
  2. Katada S, Fukuda A, Nakajima C, Suzuki Y, Azuma T, Takei A, Takada H, Okamoto E, Kato T, Tamura Y, Usui M*. Aerobic composting and anaerobic digestion decrease the copy numbers of antibiotic-resistant genes and the levels of lactose-degrading Enterobacteriaceae in dairy farms in Hokkaido, Japan. Front Microbiol. 12. 737420. 2021.
  3. Enami M, Fukuda A, Yamada M, Kobae Y, Nakajima C, Suzuki Y, Usui M*. Heated scallop-shell powder and lime nitrogen effectively decrease the abundance of antimicrobial-resistant bacteria in aerobic composting. Environ Technol Innov. 34.103590. 2024.
  4. Usui M*, Azuma T, Katada S, Fukuda A, Suzuki Y, Nakajima C, Tamura Y. Hyperthermophilic composting of livestock waste drastically reduces antimicrobial resistance. Waste Manag Bullet. 2, 241-248. 2024.
  5. Usui M*, Fukuda A, Azuma T, Kobae Y, Hori Y, Kushima M, Katada S, Nakajima C, Suzuki Y. Vermicomposting reduces the antimicrobial resistance in livestock waste. J Hazard Mater Adv 100491. 2024.

 

*堆肥化: 動物の排泄物や植物の残りかすなどの有機物を、微生物の働きによって分解して土壌に戻す方法です。これにより、栄養豊富な肥料ができ、農作物の栽培に役立ちます。

**バイオガスプラント処理: 動物の排泄物や食べ物の残りかすなどの有機物を、微生物の力で分解し、メタンガスなどのエネルギーを取り出す仕組みです。生成されたバイオガスは、電気や熱エネルギーとして利用されます。

 

臼井 優(酪農学園大学)