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2024年08月05日

Clostridium chauvoeiによるヒトでの気腫疽感染事例

Human fulminant gas gangrene caused by Clostridium chauvoei

 

Nagano N, Isomine S, Kato H, Sasaki Y, Takahashi M, Sakaida K, Nagano Y, Arakawa Y.
J Clin Microbiol. 46. 1545-1547. 2008.
doi: 10.1128/JCM.01895-07.

 

気腫疽は、気腫疽菌 (Clostridium chauvoei)の感染によって起こる急性熱性の感染症で、牛、水牛、鹿、めん羊、山羊、豚、いのししにおいて、届出伝染病に指定される獣医学上、歴史的な極めて重要な細菌感染症です。通常は偶蹄類動物に感染し、ヒトに対しては感染しないとされてきました。この報告では、日本で初めてヒトにおいて気腫疽菌に感染した症例を紹介します。

2006年2月下旬、58歳の男性が建設現場で鉄パイプにぶつかり、右胸の前部から側面にかけて軽い外傷を負いました。翌朝、持続する高熱、打撲部の痛みと腫れを訴えて病院を受診しました。診断の結果、2本の肋骨にひびが入っていることが判明しました。その日の夕方、突然倒れ救急車が医師を伴って到着した際には、心肺停止状態に陥っていました。

胸部の検査で、右前側胸部に暗赤色の皮下出血と著しい腫れが認められ、CTスキャンが行われたところ、右胸の前部から側面にかけて顕著な皮下気腫と筋肉組織の壊死、および右鎖骨下静脈と肺動脈内に多くのガスが確認されました(図1A~C)。患者は救急車の到着から2時間後に死亡しました。皮下気腫病変の針吸引材料を培養したところ、クロストリジウム属菌が増殖しました。

48時間の嫌気培養で、Brucella HK RS寒天培地上でβ溶血を伴う粗い灰白色のコロニーが認められました(図2A)。また、チオグリコール酸培地で豊富なガス生成と運動性が観察されました。グラム染色と芽胞染色(図2BおよびC)では、卵形の末端芽胞を持つ多形性グラム陽性桿菌が確認されました。16S–23S rRNA遺伝子のintergenic spacer領域がPCRによって増幅され、図2Dに示されるように、C. chauvoei ATCC 10092と一致する522bpの特異的産物が認められたことから原因菌はC. chauvoeiであることが示されました。

Clostridial gas gangreneや筋壊死症は、毒素やガスを産生するクロストリジウム属菌によって引き起こされ、組織の急速な壊死とガス形成を伴う生命を脅かす感染症です。ヒトにおける最も一般的な組織毒性クロストリジウム属菌には、Clostridium perfringensClostridium novyiClostridium septicum、次いでClostridium histolyticumClostridium bifermentansが挙げられます。C. chauvoeiは、ウシやヒツジの致命的なガス壊疽性感染症の原因病原体として、獣医学的に重要ですが、この細菌によって引き起こされるヒトのガス壊疽の症例はこれまでほとんど報告されれていませんでした。今回のケースでは、鈍的外傷部位でガス壊疽が発生したため、傷口からC. chauvoeiが感染した可能性が高いと考えられます。C. chauvoeiは、土壌や反芻動物の腸管内に一般的に存在する微生物です。農場従事者にとって、C. chauvoeiは身近な微生物であり、まれに傷口からの感染を含めて、自身への感染も注意すべき病原体であることが明らかとなりました。

 

臼井 優(酪農学園大学)