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2023年05月01日

土壌細菌叢とワンヘルス¹⁾-土壌の細菌叢はヒトの健康に影響する!-

ワンヘルスとは、ヒトの健康は独立したものではなく、動物、植物、環境の健康と緊密につながっていることを表す言葉です。最近、人獣共通感染症対策や薬剤耐性菌対策でワンヘルスでの対応が求められています。これまでワンヘルスに関する研究は、植物、動物、ヒトに関するものがほとんどで、土壌に関するマイクロバイオーム*)や健康等の重要性は注目されていませんでした。しかし、土壌には複雑で多様なマイクロバイオームが存在しており、生態系における微生物多様性の源あるいは貯蔵庫として機能していることが示唆されます。なぜなら、植物、動物、ヒトは、土壌中のマイクロバイオームの影響を受けることが明らかとなってきたためです(図1)。例えば、放牧されている羊は、体重1kgあたり400gの土壌を消費することがあります。また、乳牛では1頭あたり年間350kgもの土壌を消費することが知られています。羊と乳牛のルーメン微生物群の最大3%が摂取した土壌によってもたらされていると推定されています。土壌、植物、動物、ヒトのマイクロバイオームは、おそらくこれまで考えられていたよりも密接に相互につながっています。さらに、土壌マイクロバイオームは、直接的または間接的に、植物、動物、ヒトの健康に影響を与え、ワンヘルスに影響しています(図2)。これらの関係をさらに解明するためには、研究が必要とされる以下の5つのトピックがあります。

 

1.土地利用の集約化、都市化が、土壌マイクロバイオームの多様性を減少させることが明らかになっています。マイクロバイオームの多様性が低い場所は、病原菌の侵入に対する抵抗力が弱いことや薬剤耐性菌の貯蔵庫として機能することが示唆されています。さらに、家畜には多くの抗菌薬が使用されており、家畜糞尿中には薬剤耐性菌が含まれています。これらが、畜産廃棄物として環境中に排出されることが懸念されています。土壌の管理方法を開発することで、薬剤耐性菌の拡散を抑制することができると考えられており、さらなる研究が求められています。
2.ウイルスが土壌マイクロバイオームにどの程度影響を及ぼしているかについては、まだ十分に解明されていません。そのため、土壌中のウイルスが、マイクロバイオームにどの程度、影響するのか、また病原性ウイルスの貯蔵庫として機能するかどうかを評価することは、今後の重要な研究課題です。
3.化学汚染は、土壌を含む様々な環境に及んでおり、土壌マイクロバイオームがどのような影響を受け、それがヒトや生態系の健康にどの程度影響を及ぼすかはよく分かっていません。土壌マイクロバイオームは、抗菌薬、マイクロプラスチック、重金属、農薬など、多くの化学汚染物質に暴露されています。最近の研究では複数の化学汚染物質があると、単一の化学汚染物質よりも強く土壌の機能を損なうことが実証されています。今後の研究では、複数の化学汚染物質が土壌のマイクロバイオーム機能をどのように損なうのか、またそのような化学汚染物質が病原体の供給源としての土壌の役割にどのように影響を与えるのかを明らかにする必要があります。
4.多様性の低い土壌マイクロバイオームは、病原体の侵入に対する抵抗力が弱いのか、あるいは微生物汚染の源あるいは媒介として作用するのかは、いまだに不明です。環境中の微生物の多様性が高ければ、病原菌に奪われるニッチな場所を占め、あるいは直接的に抑制することで、病気を防ぐことができると考えられています。これまでの研究では、土壌マイクロバイオームの多様性が高い場合、病原菌の侵入が妨げられると報告されており、多様性と病原性の関係の解明には、さらなる研究が必要です。
5.土壌、植物、動物、ヒトの健康にとって重要な微生物を特定し、分離し、個別の細菌の影響を解明していくことは重要です。

 

地上(ヒト、動物、植物)の生物多様性の状態はモニタリングしやすく、多くの国ですでに評価されていますが、土壌を含む地中の多様性についての研究は難しく、あまり解明されていません。植物、動物、ヒト、生態系の健康状態に影響する土壌マイクロバイオームの重要性から、土壌マイクロバイオームの傾向、脅威、長期的な発展を調査するための体系的なモニタリングを開始することが望まれます。


*マイクロバイオーム: 微生物叢ともいう。生きた微生物(遺伝情報を含む)の集合のこと。細菌をはじめとした多様な微生物によって構成されている。

1)Banerjee S, van der Heijden MGA:Soil microbiomes and one health,
Nature Reviews Microbiology 21:6-20. 2022.

臼井 優(酪農学園大学)