お知らせ
2026年03月19日
食事を介したエンロフロキサシンの摂取は薬剤耐性菌の拡散を促進する
Dietary intake of enrofloxacin promotes the spread of antibiotic resistance from food to simulated human gut
Wang Q, Liu C, Sun Y, Li X, Gu W, Wang N, Sun S, Luo Y.
ISME J. 20, wraf045. 2026.
doi: 10.1093/ismejo/wraf045.
現代の畜産業において、抗菌薬は治療用あるいは成長促進用として広く使用されています。しかし、不適切な使用は食品中に動物用抗菌薬が残留する原因となり 、ヒトが食事を通じてこれらを日常的に摂取する「食事を介した抗菌薬の曝露」が問題となっています。これまでの研究では、食品中の残留抗菌薬が腸内細菌叢を変化させる可能性が示されてきましたが、低濃度の抗菌薬を長期的に摂取することが、ヒトの腸内における薬剤耐性菌(ARB)の定着や薬剤耐性遺伝子(ARGs)の水平伝達にどの程度影響するかについては、明らかになっていませんでした。そこで、動物用抗菌薬の一つであるエンロフロキサシン*を対象とし、食事を介した抗菌薬の曝露が腸内細菌の薬剤耐性の拡大に及ぼす影響を、ヒト腸内微生物生態系シミュレーター(SHIME)を用いた「in vitro」実験と、マウスを用いた「in vivo」実験の両面から明らかにすることを目的として実験が行われました。
実験には以下の2つのモデルを用いいました。
in vitro (SHIME): ヒトの消化管(胃、小腸、上行・横行・下行結腸)を模した5つの反応槽からなるシステムを使用しました(図1)。中国の成人の平均的な食事性曝露量に相当する1日70µgのエンロフロキサシンを14日間投与しました。
in vivo (マウス):マウスに対し、1日0.8mgのエンロフロキサシンを強制経口投与しました(図2)。
変化を観察する細菌として、多剤耐性プラスミド(RP4)を持つ大腸菌を使用しました。この菌株は赤色蛍光(mCherry)を発するようにプラスミドが色素遺伝子でラベルされており、プラスミドが他の細菌に水平伝達すると、その接合伝達体は緑色蛍光(gfp)を発するように設計されています。この細菌をin vitroでもin vivoでも継続的に投与しました。
in vitro及びin vivoにおいて、いずれも低濃度のエンロフロキサシン曝露が腸内環境に以下の様に複数の悪影響を及ぼすことが明らかとなりました。
① 外来耐性菌の定着を促進
本来、成熟した腸内細菌叢は外来菌の侵入を防ぐ「定着抵抗性」を持っています。しかし、エンロフロキサシンに曝露された環境では、この定着抵抗性が弱まりました。大腸菌単独投与群と比較して、エンロフロキサシンを併用した群では、in vitroで1.1倍、in vivoで1.5倍、大腸菌の定着量(mCherryの強度)が増加しました(図3A, D: エンロフロキサシンを同時投与した試験系で、大腸菌単独投与と比較して、外来大腸菌が増加している)。
② 薬剤耐性プラスミドの水平伝達の促進
エンロフロキサシン曝露は、耐性プラスミドの細菌間で水平伝達も促進しました。in vitroで、gfp/mCherryの比率(接合体の割合)が、エンロフロキサシン曝露によって1.1倍に増加しました(図3B, C)。in vivoでは、この比率が1.4倍に増加しました(図3E, F)。このことは、低濃度のエンロフロキサシンが存在することによって、耐性遺伝子を持つ細菌が生存に有利になったことを示しています。
③ 腸内細菌叢の多様性と免疫応答の低下
図4のA、Bはそれぞれin vitroとin vivoでの細菌叢の変化を評価したものです。棒グラフの縦軸は存在する細菌属の比率を示したものになります。また、図4のC、Dは、in vitroとin vivoでの細菌叢の変化を主成分分析**の結果となります。結果が表す通り、エンロフロキサシンの摂取は、in vitroとin vivoともに腸内細菌の種類やバランスを大きく変化させました(図4)。
今回の研究は、食品中に残留する低レベルの動物用抗菌薬が、単に腸内細菌を攪乱するだけでなく、腸内細菌叢の多様性を低下させ、外来細菌の定着抵抗性を弱め、食品由来の耐性菌が腸内に定着しやすくなる腸内環境を整え、腸内の他の常在菌に対して耐性遺伝子の水平伝達を促進することを示唆しました。なお、日本の牛肉や豚肉のエンロフロキサシン残留許容値(MRL)は0.1mg(100μg)/kgであり、日本人の1日平均の食肉消費量は牛肉で約16g、豚肉で約36gとすると、実験で使用された用量が過剰であり、必ずしも日本人のモデルとはなりません。しかし、治療用としてエンロフロキサシンの類似薬であるシプロフロキサシンの経口投与では、十分に想定される影響だと思われます。したがって、不必要な抗菌薬の使用をできる限り抑制することが重要と思われます。
*エンロフロキサシン; 主に動物に対して使用されるフルオロキノロン系抗菌薬の一つ。医療上重要な系統の抗菌薬であり、動物では一次選択薬が無効な症例に使用する二次選択薬として規制されています。
**主成分分析; 多数の変数をもつデータを、情報をなるべく失わずに少数の新しい指標(主成分)にまとめてデータの特徴を把握しやすくする統計手法。今回の場合、多数の菌種の情報を、全体の違いをよく表す少数の軸にまとめてサンプル間の類似性や違いを見やすくする。
臼井 優(酪農学園大学)




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