お知らせ

2025年07月28日

腸内細菌は樹状細胞を介してがん免疫に影響

 

Microbiota-driven antitumour immunity mediated by dendritic cell migration

 

Lin Y-T N, Fukuoka S, Koyama S, Motooka D, et al.,
Nature. In press 2025.
doi: 10.1038/s41586-025-09249-8.

 

免疫チェックポイント阻害薬(ICI)*は、さまざまながんに対する標準治療として確立されていますが、長期的な治療効果が得られる患者は約20%に限定されており、治療成績のさらなる改善が求められています。近年、ICIの治療効果に腸内細菌が深く関与していることが報告されていましたが、腸内の細菌がなぜ肺など腸から離れた臓器のがんに影響を及ぼすのか、その詳細なメカニズムは不明でした。今回の研究では、ICIの効果に関与する新たな腸内細菌として、ルミノコッカス科に属するYB328株を同定し、その培養と作用メカニズムの解明に成功しました。

まず、非小細胞肺がんおよび胃がん患者50名を対象にがん免疫療法(抗PD-1抗体**)の効果と腸内細菌叢の関係について解析を行いました(図1)。その結果、治療に奏効した患者の腸内ではルミノコッカス科の細菌が顕著に増加しており、ルミノコッカス科細菌の保菌率が高い患者ほどPD-1陽性CD8陽性T細胞(がんを攻撃する免疫細胞)の頻度が高いことが明らかとなりました(図2)。その後、抗PD-1抗体の奏効例の患者便検体から、免疫原性に関与する可能性のあるルミノコッカス科の細菌を分離・同定を試み、「YB328株」の単離および培養に成功しました。そして、抗PD-1抗体との併用効果を調べるために、抗生剤で腸内細菌を除去した黒色腫(メラノーマ)モデルマウスにYB328株と抗PD-1抗体を併用投与したところ、YB328株を併用した群でのみ腫瘍縮小効果が認められました(図3)。また、YB328株を投与したマウスでは、腸管内のPD-1陽性CD8陽性T細胞が有意に増加し、加えて樹状細胞***の活性化マーカーの発現増加も確認されました

そこで、YB328株投与時に生体内で樹状細胞がどのように誘導・活性化されるかを、マウスモデルを用いて全身のリンパ組織の解析により評価しました。その結果、YB328株で治療したマウスにおいて、全身のリンパ組織および腫瘍内で、樹状細胞の浸潤が有意に増加していることが確認されました。YB328株が腸内で活性化された樹状細胞を誘導し、これらの細胞がリンパ組織や腫瘍部位へと移動することで、抗腫瘍免疫応答を強化していることを示しています。

今回の研究により、経口投与された腸内細菌が、腸とは離れたがん組織にも免疫効果を発揮する仕組みが明らかとなりました。加えて、ICIが効きにくい患者さんにおいても、YB328株を投与することで腸内細菌叢の構成が変化し、免疫チェックポイント阻害薬に反応しやすい腸内環境へと整える可能性があることが示唆されました。なお、YB328株の分離は理化学研究所に在籍していた獣医師の辨野義己先生(現辨野腸内フローラ研究所理事長)が分離した難培養菌です。

 

*免疫チェックポイント阻害薬(ICI): がん細胞に対する免疫のブレーキを外して、体の免疫細胞ががんを攻撃しやすくする薬です。もともと免疫が働きすぎないようにする仕組みを一時的に解除することで、がん治療に応用されています。抗PD-1抗体による治療は、免疫チェックポイント療法の一つ。PD-1は京都大学の本庄佑教授が発見した遺伝子で、後にがん治療の革命的な製剤となり、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞されました。

**抗PD-1抗体:免疫細胞の表面にある「PD-1」というタンパク質に結合し、がん細胞が免疫から逃れるのを防ぐ薬です。これにより、免疫細胞が再び活性化され、がん細胞を攻撃できるようになります。
***樹状細胞:抗原提示細胞の一種であり、免疫応答の開始に重要な役割を果たす細胞です。外部から侵入した病原体や異物を取り込み、それらの情報(抗原)をT細胞に提示することで、適応免疫を活性化させる役割を担っています。

 

本文は国立がん研究センターのプレスリリースを基に作成しました。

https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2025/0715/index.html

より詳細な概要は、国立がん研究センターのプレスリリースを参照されたい。

 

臼井 優(酪農学園大学)