お知らせ

2025年01月06日

病院患者とその伴侶動物間における多剤耐性菌の伝播リスク - ドイツでの症例対照研究2019年から2022年

 

The transmission risk of multidrug-resistant organisms between hospital patients and their pets – a case−control study, Germany, 2019 to 2022

 

Hackman C, Genath A, Gruhl D, Weber A, Maechler F, Kola A, Schwab F, Schwarz S, Lubke-Becker A, Schneider T, Gastmeier P, Leistner R.
Euro Surveill. 29, 2300714. 2024.
doi: 10.2807/1560-7917.ES.2024.29.39.2300714.

 

ヒトが多剤耐性菌を保有することは、重要な公衆衛生上の懸念となります。伴侶動物とヒトの間で細菌が伝播することは、これまでの研究によって示唆されていますが、薬剤耐性菌の伝播リスクがどの程度であるか定量的に解析された研究はありません。今回、病院患者が多剤耐性菌(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌、バンコマイシン耐性腸球菌、多剤耐性グラム陰性菌を対象)を保有しているリスク要因としての「伴侶動物の飼育」を定量的に評価することを目的に研究が実施されました。

2019年から2022年にかけて、ドイツのベルリンで症例対照研究*として、多剤耐性菌陽性患者と多剤耐性菌陰性患者に関して、伴侶動物との接触歴など、多剤耐性菌を獲得することに関連することが予想されるリスク要因について比較解析を実施しました。患者は、質問票に基づくインタビューを受けた上で、鼻腔および直腸サンプルから細菌検査が実施され、多剤耐性菌陽性かどうかの判定を受けました。

2,891人の患者が解析対象となりました。多剤耐性菌陽性者の伴侶動物飼育率は17.7%(154/871)で、多剤耐性菌陰性者では23.4%(472/2,020)でした(表)。飼い主の伴侶動物の飼育リスク要因分析が実施され、オッズ比**(OR)と信頼区間***(CI)はそれぞれ、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(OR = 0.662; 95% CI: 0.343-1.277)、バンコマイシン耐性腸球菌(OR = 0.764; 95% CI: 0.522-1.118)、および多剤耐性グラム陰性菌(OR = 0.819; 95% CI: 0.620-1.082)でした。以上の結果より、患者の多剤耐性菌保有と伴侶動物の飼育には関連が認められませんでした。

伴侶動物を飼育している626人の対象患者のうち、397組の飼い主と伴侶動物のペアを対象に多剤耐性菌保有の検査を行いました(図)。伴侶動物(犬と猫)からは喉と糞便からサンプリングが行われ、細菌検査が実施されました。飼い主と伴侶動物から分離された細菌について、細菌種及び表現型が一致するサンプルについては、全ゲノムシーケンシングが実施され分析されました。合計で72人の飼い主と46匹の伴侶動物が多剤耐性菌に陽性でした。飼い主と伴侶動物のペアのうち4組(1.0%)で、細菌種および表現型が区別できない多剤耐性菌が確認されました。さらに、それらうち、1組の飼い主と伴侶動物のペアでのみ同一の遺伝子型(ST型)の大腸菌を保有していました。つまり、同一の多剤耐性菌を保有していた飼い主と伴侶動物のペアは、わずか1組でした。

以上の結果より、ヒトと伴侶動物間での多剤耐性菌の伝播は可能であるものの希であることが分かりました。都市の住環境において、伴侶動物の飼育は病院患者における多剤耐性菌の保有に対して関連する主要なリスク要因ではないようです。ドイツの都市部と日本では、伴侶動物の飼育環境等が異なる部分も多く、この結果をそのまま日本に置き換えることはできないものの、伴侶動物の飼育が多剤耐性菌を高頻度に伝播するわけではないことが示されました。一方で、ひとたび動物由来薬剤耐性菌がヒトへ伝播した場合には、その後にヒトとヒトの間で伝播拡散する可能性もあります。そのため、やはり伴侶動物との過度な接触や触れ合った後の手洗いなど、伝播を防ぐための取り組みは必要だと考えられます。

 

*症例対照研究: 特定の疾患を持つ群(症例群)と持たない群(対照群)を比較して、過去にさかのぼってリスク要因を調査する疫学的な研究手法のこと。この方法は、疾患の原因やリスク因子を特定するために使われます。

**オッズ比: 特定の要因に曝露された群が疾患を発症する確率と、曝露されていない群が疾患を発症する確率の比を表します。主に症例対照研究で使用され、リスク要因と疾患の関連性を評価する指標です。オッズ比が1より大きい場合、リスク要因と疾患には正の関連があることを示し、曝露された群の疾患発症リスクが高いことを意味します。逆に、オッズ比が1未満であれば、曝露された群のリスクは低く、保護効果がある可能性を示唆します。

***信頼区間: 推定された統計値が真の値を含む範囲を示し、通常95%の確率でその範囲内に真の値が存在することを意味します。信頼区間が狭いほど推定の精度が高く、広いと不確実性が大きいことを示します。

 

臼井 優(酪農学園大学)