お知らせ
2026年05月15日
都市緑地における見過ごされてきた薬剤耐性遺伝子および病原体の運び屋としてのタバコの吸い殻
Discarded cigarette butts as overlooked reservoirs and amplifiers of antibiotic resistance genes and pathogens in urban green spaces
Xu JY, Yu YT, Du S, Shen LQ et al.,
Proc Natl Acad Sci U S A. 122, e2525377122. 2025.
doi: 10.1073/pnas.2525377122.
世界中で年間数兆本が消費されるタバコの吸い殻は、都市環境において最も一般的なゴミの一つです。タバコの吸い殻は、酢酸セルロース繊維(マイクロプラスチックの一種)で構成され、ニコチン、重金属などの有害物質も含んでいます 。これまでタバコの吸い殻の毒性に関する研究は行われてきましたが、微生物学的な健康リスク、特に「薬剤耐性遺伝子(ARGs)」や「病原体」の運び屋としての役割についてはほとんど解明されていませんでした 。タバコは喫煙者の口腔内に直接触れるため、ヒト由来の微生物を環境に持ち込む独特な経路となることが考えられます 。そこで今回の研究では、中国全土の都市公園を対象とした大規模な調査を通じて、タバコの吸い殻が薬剤耐性菌の「貯蔵庫」および「増幅器」として機能している実態を明らかにすることを目的として実施されました(図1) 。
中国35都市、105箇所の公園から「タバコの吸い殻」「落ち葉」「周囲の土壌」を採取し、以下の手法で分析を行いました 。まず、ショットガンメタゲノム解析*により、ARGs、毒性遺伝子、可動性遺伝因子(MGE)**、病原体の多様性と豊富さを定量化しました。次に、接合伝達試験により、タバコの吸い殻の抽出液がプラスミドの接合伝達を促進するかを検証しました。得られたデータを基に、ソーストラッキング***により、ヒトの唾液や様々な環境(空気、水、土壌、建築物など)のデータと比較し、タバコの吸い殻に含まれる微生物の由来を特定しました 。
その結果、タバコの吸い殻は自然由来の試験対象(落ち葉や土壌)と比較して、極めて高い微生物リスク(薬剤耐性遺伝子数および病原遺伝子数が多い)があることが明らかとなりました(図2)。具体的には、以下の成績が得られました。
① ARGsと病原体の濃縮
- 吸い殻に含まれるARG数は落ち葉の24倍、土壌の1.48倍であり、細胞あたりのコピー数も有意に高いことが示されました (図2)。
- 病原体の温床:吸い殻からは95種類の病原体が検出され、これは土壌の約3倍量に相当しました 。
②薬剤耐性の拡大メカニズム
吸い殻が単に病原細菌を保持するだけでなく、耐性を「増幅」させる3つのメカニズムがあることを明らかにしました(図3)。
- 酸化ストレス応答:吸い殻に含まれる化学物質によるストレスが細菌の活性酸素(ROS)を発生させ、SOS応答などを引き起こしてARGの選択や変異を促進していることが明らかとなりました。
- 水平伝播 (HGT) の促進:吸い殻の抽出液は、細菌間での接合伝達の頻度を約3倍に高めることが示されました 。
- バイオフィルムによる保護:吸い殻の繊維上に強固なバイオフィルムが形成され、細菌が厳しい環境下でも生存し続けることを可能にすることが明らかとなりました。
③ 由来と社会経済的要因(図4)
- ヒトの関与:吸い殻に含まれるARGと病原体の約66%および56%は人間に関連する環境由来であり、特にリスクの高いARGの半分以上が喫煙者の唾液と共通していました 。
- 格差の影響:経済発展が遅れている都市、教育レベルが低い地域、または衛生管理(ゴミ収集など)が不十分な都市ほど、吸い殻による微生物リスクが高いという相関が見られました 。
今回の研究より、ポイ捨てされたタバコの吸い殻が、都市の緑地において薬剤耐性菌の「ハブ(中枢)」として機能していることを世界で初めて実証しました 。公園は子供たちが地面に触れて遊んだり、大人が運動したりする場所であり、吸い殻を介した耐性菌への曝露は無視できない公衆衛生上のリスクとなります 。これまでタバコのポイ捨ては火事の原因として注目されてきましたが、今回の研究でARGや病原微生物の拡散の原因にもなることを示しており、改めて喫煙者のマナーとして、吸い殻の適切な処理の必要性を示しています。
*ショットガンメタゲノム解析: 環境中に存在する全ての微生物のDNAを、特定の遺伝子に絞らずランダムに断片化して網羅的に解読する手法。培養できない微生物も含めた種の組成や機能遺伝子(例:薬剤耐性遺伝子)の全体像を把握できる。従来の16S rRNA解析よりも情報量が多く、より詳細な生態や機能の解析が可能。
**可動性遺伝因子:細菌などのゲノム内や細胞間で移動できるDNA配列の総称。プラスミドやトランスポゾン、インテグロンなどが含まれ、薬剤耐性遺伝子を他の菌へ水平伝播させる重要な役割を持つ。
***ソーストラッキング: ある対象(例:汚染物質や微生物、薬剤耐性遺伝子など)が「どこ由来か」を推定する解析手法。遺伝子配列や組成パターンを比較することで、ヒト・動物・環境など複数の起源の寄与割合を定量的に評価。
臼井 優(酪農学園大学)




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