お知らせ

2025年12月08日

マウスへの成長促進剤タイロシンの曝露は腸内細菌叢の撹乱と代謝異常を引き起こす

 

Exposure to the growth promoter tylosin elicits gut microbiota disruption and metabolic imbalance in mouse model

 

Ni H, Wang J, Wu H, Chan BK, Chen K, Wang H, Chan EW, Li F, Chen S
Environ Int. In press. 2025.
doi: 10.1016/j.envint.2025.109684.

 

 

抗生物質であるタイロシンを動物成長促進剤(AGPs)として使用することに伴うリスクについての評価が必要とされています。このような薬剤が大量に使用され、環境汚染を起こしている可能性があるにも関わらず、動物やヒトの生理や腸内細菌叢への影響については十分に解明されていないことが原因となっています。そこで、本研究では、マウスモデルにおいてタイロシンを投与した際の影響を解析しました。

マウスに対してタイロシン、飲水投与(0.08mg/mL)を8週間しました。実験期間全体を通じて、タイロシン投与群はコントロール群と比較して体重が高く推移しました(図1)。同時に、肥満度を示す指数も、タイロシン投与8週後にはコントロール群より増加を示しました。タイロシン投与マウスの飲水量および摂餌量は、それぞれ第1週および第2週に対照群よりも多い傾向を示しました(Fig. 1c-d)。以上のことは、タイロシンの投与がマウスの食欲を変化させ、摂餌量増加と体重増加を引き起こしたことを示唆しています。しかし、タイロシン投与による急速な体重増加は、体内各部位での脂肪組織の蓄積によるものであり、その結果、肥満状態となり、循環脂肪酸やグルコースバランスといった代謝プロファイルに重大な影響を及ぼしました。このような変化は、代謝異常および疾患発症リスクの増加につながる可能性があります。

メタゲノム解析の結果、タイロシンの投与がマウスの腸内細菌叢に著しい乱れを引き起こし、多様性を低下させることを明らかにしました(図2)。また、タイロシンの投与により、腸内において薬剤耐性遺伝子(ARG)の濃縮(グリコペプチド耐性に関わるARGや多剤耐性に関わるARGの相対存在量が増加)が観察され、タイロシンの暴露が薬剤耐性の発生を促進することが示唆されました(図3)。回腸組織のトランスクリプトーム解析*では、ミトコンドリア機能障害やエネルギー代謝の不均衡を示唆する遺伝子発現パターンの変動が認められました。これらの変化は消化管における栄養吸収を損ない、肥満や非アルコール性脂肪肝疾患の発症リスクを高める可能性があります。さらに、タイロシン投与群では、免疫関連遺伝子の発現低下が観察され、タイロシンの長期使用により免疫抑制が引き起こされ、微生物感染に対する感受性が増すことも示しています。肝臓の統合オミクス解析**でも、アラキドン酸代謝経路の活性化を介した代謝の著しい攪乱が示され、炎症反応が悪化し、2型糖尿病や非アルコール性脂肪肝疾患などの代謝障害の発症を促進することが明らかになりました。

以上の結果は、タイロシンが動物の腸内細菌叢および代謝機能に有害な影響を及ぼすことを示すとともに、環境中に放出された場合の野生動物やヒトへの潜在的健康リスクを示しています。これらのことから、日本においてAGPsのタイロシンは2019年5月に指定が取り消されているものの、他のAGPsの慎重な使用とより安全な代替手段の開発が必要であることを示しています。

 

臼井 優(酪農学園大学)

 

*トランスクリプトーム解析: 生物の細胞や組織内で発現しているすべてのRNA(特にmRNA)の種類と量を網羅的に調べる手法のことです。これにより、遺伝子発現の変化や生物学的プロセスの活性状態を把握することができます。

**オミクス解析: ゲノム・トランスクリプトーム・プロテオーム・メタボロームなど、生体内の分子情報を網羅的に解析する研究手法の総称です。複数のオミクスを統合的に扱うことで、生物の機能や疾患のメカニズムを包括的に理解することが可能になります。