お知らせ

2024年06月24日

有機フッ素化合物(PFAS)の一つであるパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)が細菌の薬剤耐性遺伝子の接合伝達を促進するリスク

Unrecognized risk of perfluorooctane sulfonate in promoting conjugative transfers of bacterial antibiotic resistance genes

 

Yin L, Wang X, Xu H, Yin B, Wang X, Zhang Y, Li X, Luo Y, Chen Z.
Appl Environ Microbiol. 89. e0053323. 2023.
Doi: 10.1128/aem.00533-23.

 

薬剤耐性菌問題は、人類が直面している国際的な公衆衛生上の重要な課題である。薬剤耐性菌が拡散するメカニズムとしては、薬剤耐性遺伝子の水平伝達(HGT)*、特に薬剤耐性遺伝子をコードするプラスミドの接合伝達が重要であることが知られている(図1)。 

有機フッ素化合物(PFAS)は、化学的な安定性、耐熱性、耐水性、耐油性などの特性から幅広い用途(例えば、調理器具のコーティング、防水製品など)に使用されている。一方、永遠とも言われる安定性のため、環境持続性が高い上、ヒトへ有害作用を示すため、環境汚染物質として国際的に懸念されている。最近、日本でも各地の環境水から高濃度のPFASが検出され、国内に流通する食品への汚染が懸念されている。しかし、環境中に長期にわたって残存するPFASが、プラスミドの接合伝達に影響を与えるかどうかは不明であった。そこで、PFASがプラスミドの接合伝達に及ぼす影響を明らかにするため、薬剤耐性遺伝子をコードするプラスミドの供与菌(ドナー)として大腸菌MG1655を、受容菌(レシピエント)として大腸菌J53および土壌細菌コミュニティそのものを使用して、PFAS存在下における接合伝達試験を実施した。

その結果、大腸菌同士のプラスミドの接合伝達頻度は、環境中に存在し得る濃度(2–50 µg/L)のパーフルオロオクタンスルホン酸(PFOS; PFASの1種)によって、最大3.25倍増加した(図2)。接合伝達頻度が増加したメカニズムとして、PFOSに暴露されることによる、活性酸素種(ROS)の産生、細胞膜透過性の増加、バイオフィルム形成能の増加が示唆された。そこで、トランスクリプトーム解析**を実施した結果、PFOSによって、ドナーの遺伝子の発現パターンが変化しており、ROS産生、外膜透過性、内膜透過性と関連する遺伝子が明らかになった。また、レシピエントでも接合伝達効率や外膜透過性と関連する遺伝子が明らかになった。さらに、PFOSは土壌細菌コミュニティへの薬剤耐性遺伝子の伝達も増加させた。

PFOSに限らず、人類の活動の中で、環境に放出される物質は、ヒトや動物に対する毒性以外にも、予期せぬ形で薬剤耐性遺伝子の伝達に関わることで、薬剤耐性菌の拡散に関わっている可能性がある。環境に放出される可能性のある物質は、薬剤耐性菌への影響を実験室内で評価し、環境への放出を規制することにより薬剤耐性菌の拡散を防止していくことが望まれる。

 

*薬剤耐性遺伝子の水平伝達; 細菌の遺伝情報が他の細菌へ直接移動するプロセスを示す。ある細菌が持つ薬剤耐性に関連する遺伝子が、同種または異種の他の細菌へと移る。主に①プラスミドによる接合伝達、②バクテリオファージが薬剤耐性菌に感染し、細菌が持っている耐性遺伝子の一部を切り取って、遺伝子を組み込んだファージが別の細菌に新たに感染することによる形質導入、③裸のDNAが細菌に侵入する形質転換がある(図1)。

**トランスクリプトーム解析; 特定の細胞や細菌の全RNAを同時に測定し、研究する手法。RNA-Seqなどが具体的なトランスクリプトーム解析の手法となる。

臼井 優(酪農学園大学)